卒業生の声
学生時代ある人から、「これからの化学は定性から定量の時代だ」と言われた言葉を信じて、化学工学科に進学し、自分の信じた道を自分にとって正しい道としてきたのが、私の人生です。
私が大学で研究者として行ってきたテーマは大きく2つ。1つ目は化学気相成長法という膜作製プロセス、分子が薄膜になる過程を明らかにする学問領域です。成膜種が何であるかを考え、良好な特性を示す膜を高速度に作製する反応装置やプロセス条件を構築するのです。2つ目は地球環境の研究。これを始めたとき、私には地球が反応装置に、工場が成膜種に見えたのです。化学システム工学は、ある目的を達成するために、重要なところを見つけて研究し、システムを実現する学問です。
総長に就任したときには、大学が化学システムに見えました。大学が反応装置、部局が成膜種です。「教員・職員・学生の力で、時代の先頭に立ち、世界の知の頂点を目指す東京大学」を築き上げていくという目的を達成するために、自律性の高いそれぞれの部局が協調したときに得られる連合体としての高いポテンシャルを活用することが重要で、そのための基盤強化と全学協調の仕組みの構築に力を注ぎました。
今は、日本と世界を化学システムと見ています。日本は、限られた地球資源、少子高齢化、知の爆発といった、文明の成功により発生した問題に、他国に先んじて直面する課題先進国です。自らの課題を自ら解決し、地球社会の未来モデルを構築するチャンスが到来したと捉えるべきで、これも化学システム工学者ゆえの発想だと思います。
今の学生には、1つでも良いから「分かった」というところまで真剣に考え抜け、と伝えたいですね。「水力発電をしてもしなくても川は蕩々と流れる、エネルギー保存則って何?」分かりますか?
駒場時代に環境問題の全学ゼミに参加したのがきっかけで化学工学科(現:化学システム工学科)に進学しました。水質や大気の汚染に関する研究を卒論・修論テーマとして行ってきました。自分のテーマとは別に、研究室全体での採水などのフィールドワークにも参加したことで、現場志向がより強くなりました。
当時は、公害問題の時代でした。今ある問題を解決する、それには行政的な立場で貢献することが、仕事の幅、大きさから考えて自分のやりたいことだと思い、環境庁に入庁しました。化学物質対策、水質保全対策、環境アセスメントといった分野で、技術的な知識をベースに、基準、法律、条約を作るといった仕事に携わってきました。その間、パリにある経済協力開発機構(OECD)事務局で約4 年勤務しました。最近では、2013 年に採択された「水銀に関する水俣条約」の国際交渉を4 年間担当してきました。こういった仕事は、化学だけでなく社会や法律に関する幅広い情報を集め、それらの情報を組み立てるともに、人脈も活かしながら、現在の問題を解決していく力が求められます、化学システム工学科で学んだことが活かされています。
学生時代はある分野の研究を深く掘り下げて、課題解決の方法を学んで欲しいですが、さらに、自分の研究が社会でどういう意味を持つのか、社会との関わりを主体的に考えて欲しいです。化学システム工学は化学の幅広いアプリケーションを取り扱う学問領域であり、いろんなことにチャレンジしたい人にお勧めです。それから、私は第二外国語がフランス語でしたので、OECD に赴任する時に思いがけず役に立ちました。OECD での仕事も条約交渉も英語で行いますので、若いうちに英語の勉強は必須ですが、第二第三の外国語を習得しておくこともオススメします。
中学生の頃から化学工学科(現:化学システム工学科)に憧れていました。学生時代は、寝ているときに実験のアイデアを思いつき着の身着のまま大学に来て、早朝から実験をした、という時もありました。データを左脳にどんどん詰め込んでいると、あるとき、熟成されて右脳に移行し、ふとアイデアが生まれるのですよね。化学システム工学科では、世の中の原体験が出来ました。失敗のなかから成功を学び、全体を俯瞰して研究開発を進めていく、そして、ディスカッションはこの学科のまさに文化でしたから。
入社は松下電工株式会社でした。人を喜ばすものを作りたかったのですが、社員が、雑談の時に、会社の愚痴ではなく、「どうしたら良い商品を作れるか?」という話をしている光景を見て、入社を決めました。メタンハイドレードの研究現場から始まり、先行研究の企画室、新事業企画室、を経て、実に様々な事業部の部長を経験しております。
パナソニックの連結子会社のアンカーエレクトリカルズの会長兼社長としてインドにも駐在しました。事業部長というのは、付加価値を出せなければ存在価値はありません。各部長がそれぞれの分野の最適化を図る中、事業部長として個別最適化では気づかない全体最適化、まさに化学システム工学科で学んだことが役立っています。
今の学生さんには、武道の言葉「守破離」を贈ります。師から学んだことを自分で身につけ、その知識を自分で工夫することにより自主性が生まれ、その過程で一流一派を作る、つまり課題解決型の突破力を身につけて欲しいです。実学を学んで世に出たいのなら、化学システム工学がもっとも良く出来たアプローチだと思います。
長井 太一
- 1984年化学工学科卒業
- 昭和電工株式会社 川崎事業所 所長
入社後主にプロセスエンジニアとして新規プラントの設計・建設や既存設備の改善等を行ってきましたが、自分で設計、建設、試運転を行った設備から製品がでてきた時の達成感は言葉では言い表せません。プロセスエンジニアはプロセス設計を行うだけではなく開発、機械、電気、計装、土建、製造他多くの部署を取りまとめる立場にあり、幅広い知識を基にプロジェクト全体のマネジメントを行うことが多く、全体観を持って規模の大きな仕事ができます。
自分の進学振り分けの時には、「化学工学はオーケストラの指揮者だ」と言われましたが、まさにその通りという感じがします。
また、私はシカゴ大学でMBAを取得しましたが、ケミカルエンジニアがMBAを取得しマネジメントを志向するのは職務の性格上一般的とのことでした。是非、化学システム工学で学び、大きな仕事をしていただきたいと思います。
矢後 祐子
- 1988年修士課程修了
- 花王株式会社 メイクアップ研究所 グループリーダー
今起こっている問題の中で、何が特に重要なのかを見極め、課題を設定し、広い視野で前向きに解決していくことができるようになれたら、すばらしいと思いませんか?
私がこの学科を選んだのは、環境問題について滔々と語る先生を見て、そんな力を身につけたいと思ったからです。入ってみて、システム、反応装置、界面、流体、粉体、プロセス、エネルギー、環境、微生物、細胞といったかなり縁遠そうなテーマが混在しているのにも驚きましたし、予想と違うこともありました。けれど、どんな課題においてもとにかく考え抜いた学生時代の経験は、非常に貴重なものになったと思っています。
私は今、化学系の会社で化粧品を作っています。そのようなモノづくりにおいてもプラント装置からDNAや細胞を扱う工学まで、広く馴染みがあることは、とても役にたっています。また課題を発見し、それを超える技術を作って克服していく手法も変わりません。冒頭のような力を身に着けたと言えるまでにはまだまだですが、この学科のおかげでそんな力をもった沢山の素晴らしい人たちと出会えていることにも感謝しています。
玄地 裕
- 1991年修士課程修了
- 産業技術総合研究所安全科学研究部門 研究グループ長
- 東京大学大学院 工学系研究科 客員教授
会社で4年ほど働いた後、博士課程の学生として化学システム工学専攻に2度目の入学をしたのは、丁度、30才になる節目の年でした。会社を退社して大学に入学し直すことは、勇気が必要でしたが、思い切れたのは当時の先生方に、暖かく応援していただいたためだと感謝しています。
化学システム工学科の良いところには、そのような暖かさもありますが、同時に、目的のために何をすべきかを、上下関係なく、厳しいディスカッションによって構築していく過程を学べることがあります。「感情的な言い合いとディスカッションは違う。」これは、私にとって貴重な体験でした。
今思えば、この体験のおかげで、自分なりに考えた理屈や構成からみて疑問に思うことに対しては、素直に質問ができるようになったのだと思います。おかげで、会社時代には、上司から「はっきりものを言いすぎる」とクレームをつけられましたが、今、逆の立場に立ってみると、言いにくいことを言う若者の存在は、とても貴重であると感じます。化シスでの経験と大いに議論した仲間は、その後の人生の大きな財産になっています。あなたも化学システム工学科で大いに議論しながら、世界の最先端の研究を自らの手で遂行しませんか?
土屋 博史
- 1998年修士課程修了
- 経済産業省 資源エネルギー庁 政策企画委員
私は修士課程修了後、通商産業省(現在の経済産業省)に入省し、これまで、エネルギー政策(エネルギー基本計画の策定、省エネ・再生可能エネの促進)をはじめ、産業政策、ロボット技術開発の推進、海外留学・総理官邸出向等に携わってきました。
こうした中、化シスで得られた知見・経験は自分にとって以下の点で大きな力となっていると感じています。まず、①課題解決の取り組み方。行政でも研究でも企業活動でも同様ですが、様々な事象が複雑に関連し合っている現実に対し、限られた経営資源をもって、まず全体を俯瞰し、本質的なボトルネックを特定し、解決手法を組み合わせて挑む。化シスでは、研究活動を通じて、この取り組み方を養うことができると思います。
そして、②幅広いネットワーク。化シスでは現実的な課題に取り組むことが多いせいか、就職先は大学等の研究職のほか、メーカー・商社・金融・コンサルなどの企業、国家公務員など多岐に亘り、こうした人的ネットワークが卒業後も、脈々と生きていることを実感します。もし少しでも関心を持って頂けたら、まず化シスの研究室を気軽に訪ねてみて下さい!
野田 優
- 1999年博士課程修了
- 早稲田大学 理工学術院 教授
1992年4月に“化シス”の前身の化学生命系Bコースに進みました。当時、化シスはエネルギー・環境問題に技術面で真正面から取り組んでいる数少ない学科で、しかも化学を基盤として実践的に取り組んでいることに魅力を感じ、進学を決めました。以来、学生として7年、教員として13年半、化シスに在籍した後、2012年9月に現職に異動しました。
“化シス”には広い分野からユニークな教員が集まっていて(前総長の小宮山宏先生は化シス出身)、学生・教員、若手・年長の垣根なくフランクに接する文化があります。卒業論文、修士論文の発表会も学科全体で行いますが、分野を跨いだ議論になるので、自然と、詳細な各論ではなく本質を議論するようになります。変化の速い時代ですので、社会情勢が変わると、求められる知識も変わります。本質を理解し、状況に応じて必要な情報を仕入れ、異分野の人と協業し、課題を解決する能力と実行力が、今後、ますます求められると思います。
私自身は20年半も化シスに在籍しましたが、学生時代の環境分野での気体の研究から、現在のナノテク分野での固体の研究へと大きく分野を変えました。学生時代に身につけた“自ら考える力”と“実行する力”のお蔭と思います。皆さんが、元気に苦楽を経験し、自ら道を切り拓けるタフなリーダーに成長してくれればと思います。
桒内 祐輝
- 2003年修士課程修了
- 新日鐵住金株式会社 技術開発本部 主幹研究員
20万テラジュール。これは、年間粗鋼生産量800万トンの国内の製鉄所で消費される標準的な熱量です。この大量の熱エネルギーを少しでも有効活用し、製鉄プロセスからの環境負荷を減らすため、私は鉄鋼会社のエンジニアとして生産プロセスの改善や新規プロセスの開発に携わっています。
実際の生産現場で必要とされるのは、伝熱工学・移動速度論・反応工学といった基礎的な知識です。しかし同時に、環境負荷を大幅に低減する新しいアイデアを提案するためには、特定の生産ラインだけではなく、原料準備・製造・廃棄といったプロセスフロー全体を俯瞰できる最適化マインドも不可欠になってきます。
この点で、化学工学の要素技術とシステム的思考を同時に修得できる化学システム工学科で学べたことは、私にとって大変貴重な財産となっています。後輩の皆さんにも是非化シスを選んで頂き、システマチックな思考のできるスペシャリストとして大いに社会で活躍し、貢献してほしいと思います。
大山 菜緒子
- 2006年学部卒業(修士は新領域創成科学研究科)
- BASFジャパン 高性能製品統括本部
元々化学と環境に興味があり、環境問題を化学の側面からアプローチしたいと考えていたところ、化学システム工学科では色々な取り組みができそうという印象を持ち、入ることに決めました。そもそも化学工学がどういう学問なのかをあまり理解しないまま入ったわけですが、良い学科に進学したなと今でも感じています。楽しそうに生き生きと研究される方に囲まれ、ユニークな先生方からは化学工学の理論以上のことを学ぶこととなり、貴重な時間を過ごさせていただきました。
修士課程修了後はBASFに入社し、2年間本社ドイツの研究所でポリマーの流体シミュレーションを行った後、現在は日本で医薬品有効成分の受託合成を行っています。化学システム工学科で学んだ、物事を俯瞰的に捉えて分析する思考方法は、化学プロセスに留まらず、日常生活や仕事のプロセスを考える上でも有効であり、いまだに自分の中で生きているのを実感します。
西川 昌輝
- 2008年博士課程修了
- Assistant Researcher (David Geffen School of Medicine, University of California, Los Angeles)
私は、学部3年生から博士課程修了までの7年間、化学システム工学科 (化シス) に在籍し、学部時代は高分子材料、大学院からは細胞組織工学を学びました。博士課程修了後すぐにポスドクとして渡米し、現在はUCLAでAssistant Researcherとして臓器の発生、再生の研究をしています。
皆さん進路を決定するにあたり、化シスとは何なのか、一見して分かり難いのではないでしょうか。様々なテーマに取り組む研究室を根底でつなげているものは一体何なのか?私はシステムの最適化を目指す方法論と、様々なシステムの類似性を見抜く目だと思っています。システムの最適化には、(1) 目標の設定、(2) 最も障害となる要素 (律速段階) の把握と改善が重要になります。日常生活でも役立つこの方法論を学問的に定量化して掘り下げること、かつ本質的な類似性を見抜いて分野横断的に横串を刺すこと、この訓練を徹底して受けられるのが化シスなのだと思います。これは、組織の指導者に必要な資質であると同時に、未知なるものへの免疫を高め開拓する武器になるのではないでしょうか。
最後に、化シス時代は面白い友達やオープンで親しみやすい先生方に囲まれ充実した学生生活でしたし、多くの方々といまだに交流が続いています。これは化シスのもう一つの素晴らしさだと思います。どの学科であっても、皆さんどうか悔いのない学生生活を送ってください。
若林 隼二
- 2009年修士課程修了
- JX日鉱日石エネルギー株式会社 中央技術研究所
化学システム工学科では、全体を一つ一つの要素に切り分け、つきつめて考察するミクロなものの見方と、全体を俯瞰するマクロなものの見方の両方を学びました。現在私は石油会社で石油化学製品の新しい製造プロセスを開発する仕事をしていますが、それぞれの反応、加熱や分離といった単位操作についての知識だけでなく、全体としての最適化を考えることが求められ、学生時代に学んだ両方のものの見方が非常に役立っています。
また、学部、修士の4年間を通じ、幅広い知識を身に付けることができました。各研究室が化学の知識をベースに多種多様な研究をしていることが特徴で、学科の中で話を聞くだけでも、非常に多くの分野の知識・情報が身に付きます。さらに授業では、企業の方から講義を受ける機会や、インターン、工場見学などの実社会に触れる機会も用意され、広く世界を知ることができます。幅広い知識を身につけ、全体を見渡し、かつその中で見いだされる一つ一つの課題を解決する能力も身に付けられることこそ、化学システム工学科の魅力です。
奥 圭介
- 2012年博士課程修了
- 富士フィルム株式会社 研究員
化学システム工学科に進学して最初の講義で、「物質量と熱と運動量は必ず保存し、それらの移動現象はすべて同じ形の数式で表される」ということを教わり、とても感心したのを覚えています。以来、未知の現象にぶつかった時、「何が保存しているか?」をまず考え、簡単な数式を書いてみることが、私の研究スタイルになっています。これは研究室に配属された学部4年から博士課程3年までの6年間、さらには企業での研究開発でも変わりません。
化学システム工学科の研究分野は、先端材料から環境問題まで多岐に渡り、その中心には、先ほどの化学工学や物理化学など、基礎的な学問が共通して存在しています。化学システム工学科では、学問を使えるレベルにまで習得させてくれる講義体系があります。各分野のスペシャリストの先生の元で最先端の研究に携わりながら、未知の現象に対する考え方(課題解決力)を、研究と講義の両面から身につけさせてくれる学科です。
化学システム工学科で専門性と課題解決力を身につけた皆さんが、社会で活躍されることを願っております。少し先の話かもしれませんが、後輩の皆さんと一緒に仕事ができるのを楽しみにしています。